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『日本辺境論』後半の感想。小林製薬的思考

本書はベストセラーになったとのことなのですが、理解するのに苦労するところもたくさんあります。誰にでも易しくわかりやすい本ではないみたい。

馴染みのない言葉がちょこちょこ出てくるし、それから、いまいちよくわからない説明の後に「〜とは、そういうことです」とよくわからないままにシメられていている、なんてところも度々出てきます。

著者自身も「最初は自分の呼び方を『ぼく』にしていたんだけど、それだと、わかりにくい概念を提示して読者を引っ張れない、読者を置いてけぼりにしてでも自分の言おうとすることをぶちあげるために『ぼく』をやめて『私』にした」というような意味のことを書かれていたので、やっぱりわかりやすいだけの本ではないのだと思います。

わかりにくいところが時々ありつつも、でもなんとなく言語化されずにモヤモヤしているものを懇切丁寧に、時にくどいくらいに説明してくれるところもあり、読んでいて「そうか、なるほど」と思うところがたくさんありました。

「敵を作らないことについて」で著者が語っていたところで、私自身も普段から問題意識を持っていたことが書かれていたのでここにメモしておきます。

・「敵」という概念は根源的な矛盾を含んでいます。敵を除去すべく網羅的なリストを作成すると、世界は自分自身を含めてすべてが敵であるという結論に私たちは導かれます(174p)

・純粋状態の、ベスト・コンディションの「私」がもともと存在していて、それが「敵」の侵入や関与や妨害によって機能不全に陥っている。それゆえ、敵を特定し、排除しさえすれば原書の清浄と健全さが回復される。そう考える人の世界は「敵」でみたされます。そういう人にとっては、やがてすれ違う人も、触れるものも、吸う空気も、食べるものも、すべてが潜在的な「敵」になる(176P)。

・私が現在このような状態(歯が痛かったり、腹回りがだぶついてきたり、血圧が上がったりしている状態)にあることを、「かくあるべき状態からの逸脱」ととらえず、「まあ『こんなもの』でしょう」と涼しく受け容れる。それもまた、「敵を作らない」マインドの一つのかたちです(175P)

過度な清潔志向や小林製薬的思考(いま私が思いついた言葉)は敵を作るマインドですね。
私自身では健康法や美容にハマるときの思考形態です。