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「時間が足りない」という焦りから抜け出すには。水平時間と垂直時間

時間感覚には水平的のものと垂直的なものがある。
水平は過去、現在、未来という線。
垂直は、その水平の線の「現在」を縦方向に突き刺した軸というイメージ。
過去と未来という横軸を考えずに、現在にいかに深く入り込むかという縦軸を意識する。

「今の身体の動きを意識してしっかり味わう」のが垂直的な時間感覚で、考え事で気もそぞろな状態でいまを過ごすのが水平的な時間感覚。

苫米地さんは、過去→現在→未来ではなく、未来→現在→過去と時間が流れてくると言っていた。
面白いなとは思うものの、私自身はその感覚はあまり身につかなかった。

ただ、苫米地さんの「過去は結局は現在の解釈でしかないのだから、考え方次第でいかようにも変えられる」はいいなと思ってたまに思い出す。

現実というのは、物理的な現実と、個人の認知や解釈との融合だ。

E・トールは、全て垂直的な時間の過ごし方でOKだと言ってるけど、私は自分で試してみて、やっぱり過去と未来を意識する水平時間もそれなりにいると思った。
もしかしたらトールは「みんなあまりにも過去と未来に生きすぎてるから、これくらい極論言ってちょうどいいだろう」と思っているのかもしれない。

現代の私たちは、あまりにも水平時間(過去と未来に生きすぎている)で過ごし過ぎて、垂直時間の存在感が極僅かだ。垂直時間の重要さは少しは意識されているものの、その誘導方法は「集中しなさい」程度の漠然としたもので、うまく技化・言語化されていない。

ヨガは垂直時間の過ごし方とイコールだと思うが、一般愛好者のレベルでは、あまりこういった時間感覚にまで言及されることはないように思う。

ヨガは、一般愛好者レベルでは、精神的なことや時間感覚については言及されないけれど、「身体の内側の繊細な感覚を細かく味わう」ことを推奨されるので(そこまで明確には言わないけれど、なんとなくそのように誘導される)垂直時間を増やすとっかかりとして良いと思う。(指導者にもよるが)

E・トール曰く、社会からつまはじきにされたり、追い詰められた不幸な状況にいる人に悟りの道が開かれているというのは、過去にも未来にも逃げ場がなく、強制的に「いま、ここ」に置かれるからだそう。

私は「もう6月だ。こんな調子だと一年なんてあっという間、そして周りの大切な人達が死んで私が死ぬのもすぐなんだ」という思考を度々してしまう。

いつも「時間が足りない」と焦る生き方を変えたい。
もっと豊かな時間感覚で生きたい。
なるべく「いま・ここ」の垂直時間で過ごしたい。

ですので、こういう時間感覚の話にとても関心を持っています。
私自身も、もっと垂直時間の感覚を深めていきたいです。