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シニカルな人のシニカルさは真面目さからくるんじゃないかと思った

シニカルな人のシニカルさは真面目さからくるんじゃないかと思った。

盛り上がっていることに同調したり、人と馴れ合ったり、同情したりすることを安易にしてはいけないんじゃないか、というところから、シニカルになったり斜に構えたりとなるのかもしれない。
(もちろん自らの未熟さとかマイナス面を隠すために斜に構えたりするというのもあるかもですけど、それは置いておいて…)

シニカルさには、安易に共感したり同情することへの照れとか恥ずかしさという美学めいたものもある気がする。

私自身の中にも少し思い当たるところがある。

昔の自分の方が真面目なシニカルさが強かった。
いまは昔の自分に比べたら寛容になった。

でも、真面目なシニカルさはあるにはあるので、安易さと真面目なシニカルさとの間のグラデーションを行ったり来たりして、自分と似たような濃度の人に共感したり、真面目なシニカルさが濃い人に昔の自分を投影したりと、日々さまよっている。

ちょっと話がそれるが、真面目さとか真摯でいることが行動の根っこにあるのに、表面化する行動はまるで逆で誤解されるというのはよくあると思う。例えば、選択無職やニートの人は仕事への取組みが意外に真面目だったりすることが多い。ニートの人が「明日バイトがあるのに徹夜で遊ぶなんて信じられない」と話しているのを聞いたことがある。また、高齢シングル女性や、なかなか子どもを作らない女性というのは、男性を選好みしたりワガママだから悪いのだと誤解されがちだが、これも結婚することや子どもを持つことについて、わりと真面目な考えを持っているからということが多い。