田中鳥獣店のこと



吉田町に田中鳥獣店があった。

店名の通り古い店で、鳥中心のペットショップなのに、両隣が鶏肉店と鳥料理店だった(それで何かのテレビ番組で取り上げられたことがある)。

鳥獣店のショーウィンドウでは、色とりどりのセキセイインコが飼われていた。

よく見たら、ショーウィンドウとペットショップ店内の間の扉が少し開いていて(または、閉めかたが甘いというか)、本来ショーウィンドウ内にいるはずのセキセイインコが店内を徘徊したりしていた。

それが、まず私がこの店に興味を持ったきっかけだった。

当初はなんとなく入りづらくて入るのに躊躇していたが、いつのまにかちょくちょく立ち寄るようになっていった。

あるときから、田中鳥獣店で「くーちゃん」という名のポメラニアンが看板犬として登場した。このくーちゃんは、非常に賢くて可愛くて人懐っこくて、私の鳥獣店通いはますます深みにはまっていった。

鳥獣店では、くーちゃんと遊んだり、展示されているインコたちに挨拶してまわった。店によってはインコは客に愛想を振りまいたりするが、ここのインコたちはほとんどノーリアクションだった。それでも眺めているだけで楽しかった。店主のおじさんもうるさいことは言わなかった。

さすがに見てばかりだと悪いので、たまに買い物をした。
当時はセキセイインコを飼っていたからエサを買うには買ったけど、そうたびたび要るものでもない。一回、昆虫用のゼリーを買った。虫用のゼリーとは言うものの、見た目は人間用のゼリーと変わらないし、原材料を見ても人間が食べるのとほとんど同じものでできている。試しに食べてみたら予想通り、ふつうに美味しかった。

田中鳥獣店は見るからに儲かっていなさそうだった。

高価なペットを扱っているわけでもないし、鳥のエサなんてそんなに量を消費するものでもない。おまけに鳥インフルエンザが流行ったこともあって、いつか閉店してしまうんじゃないかと心配だったが、細々と店は存続し、このまま細く長くいつまでも続いていくんじゃないかと思っていた。

別れは突然訪れた。

といっても、その張り紙に気づいたのは閉店後ではなく、閉店まで1ヶ月くらいの猶予があった。

残された1ヶ月間、なるべく足しげく通おうと思った。

けれど、ずぼらな私は結局今までどおりの間隔で通った。

これで最後かなという田中鳥獣店詣での日。
いつもどおり、ノーリアクションのインコたちに挨拶して回っていたところ、いままで一言もしゃべったことのなかったボウシインコが「コンニチワ」と言った。

小さな声だったので一瞬耳を疑った。

もう一回「ボウちゃん(ボウシインコを勝手にこう呼んでいた)、こんにちわ」と呼びかけてみた。

ボウちゃんは、私を見ながら「コンニチワ」と言った。

ボウちゃんと出会って数年になる。
ノーリアクションのように見えていたけど、私のことを少しは認識してくれていたのかなととても嬉しかった。
ボウちゃんとコンニチワと言い合いながら、田中鳥獣店がなくなって淋しくなるかなと思った。

田中鳥獣店がなくなって、もしかしたらもう7,8年経つと思う。
はっきりと覚えていない。

いま、田中鳥獣店の跡地には動物病院が入居している。
鳥料理店はなくなった。
鶏肉店はいまもある。