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自己承認欲求は抑圧するほうがヤバイ

ネットの中では自己承認欲求を揶揄する場面がよく見られます。

自己顕示欲が強くてみっともない、というような悪い文脈で見かけることの多い言葉です。

もし自己承認欲求にちゃんとした学術的な定義があって、皆それをもとにして話しているのなら、私はそれを知らないで話題にしてしまっているのですが、もしそれが単に「人から認められて評価されたら嬉しい」程度のものも含まれるのなら、人間当たり前にもっている欲求ではないでしょうか。

逆に、それを「わたしにはそんなものありません」と抑圧するほうが事態をややこしくするように思います。

例えば、自分の中の自己承認欲求を無視している場合、他人が注目されたり、注目されようと何かをしている姿はとても目障りに感じるのではないでしょうか。

目立っている人、評価の集まっている人への嫉妬にも繋がると思います。

私がなぜこんなことを言うのかというと、過去の私自身にも思い当たることがあるからです。
(一応、今現在の私はそこに気がついて良い状態になっている、という前提で書いてます…図々しいかな笑)

私は以前、人が自慢することに敏感で、話の中に自慢めいたにおいを感じるとよく「あ、この人結局自慢したいんでしょ」みたいに妙に批判的になっていました。私自身、その脊髄反射的な自慢批判に疲れたときにふと思ったのが「そうか、私も自慢したいんだ。でも自慢はみっともないものだからといつも我慢していて、私はこんなに我慢してるのに、自慢する人はぬけぬけと自慢してる」というところに思い当たったからなんです。

自慢とまでは行かなくても、自分のしたことを誰かに言って肯定的な反応をもらいたいって、当たり前のことですよね。それを過度に抑えていたからややこしいことになっていたのではないかと、自分で反省しております。


ツイキャスでもしゃべりました。
8分32秒の動画です(動画は道が映っているだけなので、音声だけどうぞ)
http://twitcasting.tv/nasukob/movie/6057585