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読書『オタクの息子に悩んでます』 ダメ人間賛歌

岡田斗司夫さんの朝日新聞の人生相談コーナー「悩みのるつぼ」からの質問&回答と、その回答に至るまでの思考経路が書かれた本です。

質問と回答自体が、笑いあり感動ありの一つの読み物作品になっています。
そして何より、具体的に役に立つ。
岡田さんが提示しているのは考え方の枠組みだから、その相談に個別具体的に当てはまらない人が読んでも役に立つようになっています。
実用書と文芸書の良いところを兼ね備えているのではないかなと思いました。

人生相談を、小説や随筆、評論などのジャンルの一つとするならば、これは人生相談界の最高傑作です。

特に素晴らしかったのは「母が何も捨てられず困ります…(主婦/40代)」の回答。
老夫婦二人暮らしなのに、通販でバランスボールや竹馬、オーディオセット、使い切れないほどの食器類等々を次々と買い込み、それらを処分することを極度に嫌うおばあさん。それを困ったものだと相談する娘さんにへの回答がいいんだな〜。「そう来たか!」という驚きと、人間愛にあふれた回答です。

この本の褒めどころはたくさんあるのですが、私が一番いいなと思ったこと、楽になれたなと思うことが、人はダメ人間で当然なのだということ。

本書の中で岡田さんも書かれていますが、人生相談コーナーというのは、実は「質問者を助ける」という目的と同時に「読者は相談者の敵」で、「回答者は相談者の悩みを一刀両断し、下らない質問に対して溜飲を下げる」という裏目的があります。でも、岡田さんはそれじゃあ公開イジメだと言います。

私も、今まで人生相談をそういう愉しみ方(バカな質問を一刀両断されている様を見て爽快感を得る)をしていたこともたくさんあります。
でも、そういう「物事を筋道立ててサクサク解決する理想の人間像」を打ち立てて、そこに達しないバカな質問者を責めたてるというのは、自分自身にも刃を向けているのかなと思いました。
自分自身を振り返っても、そういう考え方で解決できた悩みなんて思い出せません。逆に、失敗例はたくさんあります。こういう「あるべき人間像を思い浮かべて、そこに至らない自分を責める」は無駄に焦りの気持ちを掻きたてるだけで、効果的ではない。むしろ害を及ぼします。

以下、本書から抜粋

"ついつい僕たちは「どこかに、納得できる妥協点があるはずだ」とか、手を打ちたくなるのですが、そうじゃない。三つの極の間で、年がら年中大喧嘩しながら、個人が七転八倒するしかないのです"

"簡単に結論を出せず苦しむ存在こそが人間である。苦しみながら考えて、自分なりの回答を出し続けるしかない"

悩み相談文がバカっぽく見えるのは、こんなふうにもともとスッキリと解決できないものを説明しようとするからなのでしょうね。だからどうしても要領を得ないものになるのだと思います。きっと、どんな賢い人が書いても同じようにバカっぽくなるはず。いわば、その人のウィークポイントを晒すようなものですから。それを岡田さんは「心の粘膜をさらけ出す」と表現しています。
回答者は、心の粘膜までさらしている人に共感しようともせずに論理だけで問い詰める塩を擦り込んむような行為をしてはいけないのです。

岡田さんは、悩みに陥った人のダメさから出発して答えを組み立てているから、ちゃんと役に立つものになっているのだと思います。

"人間ってそんな程度のバカなんだと思うんです。で、そのバカさの源は何かというと、生きていることによる迷いや夢ですよ。生きているからこそ、そんなCMの口車に乗って買わされる。生きるエネルギーがあるからこそ、「寂しいかな?」と自覚するんです"

「人は生きてるからこそ迷ったり夢見たりするのだ」というのは至言だと思いました。
「わたしはなんでこんなにバカなんだろう」「もっと賢く生きられるんじゃないか」…もしかしたら、こういう「理想の賢い自分」自体が幻影なのかもしれませんね。