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女性向け整体本が妙に保守的になる件

整体関係の本がまあまあ好きなのですが、女性向けの整体本では「女性たるもの、やはり女性の機能(出産)を使ってこそ、締まりの良い膣であってこそ。昔の日本は良かった、和式便所は骨盤底筋が鍛えられるから素晴らしい…」というようにな、昔の生き方賛美になりがちなのが、読んでいていつもモヤモヤします。

身体性を大事にすることは良いことです。けれど、その良さを訴えるときに昔のライフスタイルを安易に結びつけてしまうのは、もうちょっとこう…なんとかならないかなといつも思います。

ですので、いまここで私が問題にしているのは「表現方法」です。

整体→現代医療や現代的なライフスタイルの否定→昔回帰→前近代的な生き方の肯定
それを縮めると
整体→近代の否定→前近代の肯定となるのかしら。
それに加えて、近代的が西洋、前近代が日本と、それぞれ対応させているから、昔の日本のライフスタイルを、わりとなんでもかんでも肯定するようになってしまうのかも。

明治時代の作家・樋口一葉は、女性であることで図書館で本を読むだけでもかなり苦労したそうです。私も図書館をよく利用しているので、このエピソードは胸に迫りました。これだけでも、もう現代に生まれてよかったと思います。

三砂ちづるさんの『きものは、からだにとてもいい』という本を書店で見かけたので少し見てみたら「やっぱり和式便所は骨盤底筋を鍛えられていい、それにくらべて現代の洋式は云々」と書いてありました。三砂さんの考え方に『オニババ化する女たち』が横たわっていると思うとまともに取り合う気はしませんが、このような「盲目的に昔のライフスタイルを持ち上げて、現代のライフスタイルを貶す」伝え方は整体や体関係全体が抱えている問題な気がしました。生理用布ナプキンもそれ自体は悪いものではないのに、伝え方がこのような図式になりがちであるために不必要に嫌われています。

ちなみに和式便所肯定論は、戦前に「日本人は和式便所で粘り強い腰になってるから戦争も勝てる」みたいな妙ちきりんなことを言う言論人がいて、それがけっこうもてはやされた、という佐藤優さんの話を聞い以来、私の中でバカっぽい和式ライフスタイル肯定論の代表となっています。
(この佐藤さんの話は勉強会で直接聞いたので、これを提唱した人の名前を忘れてしまった。検索してみたら『ぼくらの頭脳の鍛え方』という本に詳しく載ってるみたい)

もう整体や体関連の「からだに即したライフスタイルを提唱するために、ことさらに現代的・西洋的なライフスタイル必要以上に否定したり、むかしの日本のライフスタイルを盲目的に持ち上げる」必要はないのではないでしょうか。
整体や体関連の情報の出し始めは、現代医療や西洋的なものが信奉されていた時代でしたから、そんなふうにコントラストをはっきりさせる必要があったのでしょうけれど、もうそういう考え方が広まった今では、そういう伝え方は古くなりました。

その主張が世の中で受け入れられていないときには、善悪を大げさに言い立ててコントラストを強くした方がより多くの注目を得られて効果的です。そして、ある程度その主張が浸透した後は、人々はより細かいところに着目しだすので、その注目を集めたコントラストの稚拙さが目に付きやすくなります。

女性向け整体本も、単に「生物としての正しい生き方を追及せよ」という主張だけを先鋭的に振り回す時代はとっくの昔に終わってるんだと思います。…まあ、私が個人的にそういうのが好みじゃないだけかもしれませんけれど