『吉原花魁日記』 途中で読むのやめようと思ったけどグイグイ読んじゃった

吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 (朝日文庫)

吉原花魁日記 光明に芽ぐむ日 (朝日文庫)

今朝、いつもどおりの気分で目が覚めて、「そういえば、昨日あんなに憂鬱で悲嘆にくれていたのはなんでだったんだっけ…」と頭の中をサーチしていて「そうだ、吉原花魁日記を読んでいたからなんだ!」と気がついた。

この本は、大正から昭和のはじめぐらいに、吉原で遊女として働いていた19歳の女性の日記。

著者が吉原で働き始めた経緯は、「熊谷の周施屋」という人にだまされて連れて来られちゃうんだよね。
行き先が吉原だということは知らされてるんだけど、その内容が売春だということは言われてないの。
「男性のお酌とかしていればいいから、言い寄られたりそういうことになりそうになったら、うまいこと言ってはぐらかせばいいから、立派な着物も着られる」みたいな感じで、現代風にいえば「キャバ嬢のつもりで入店したらソープランドだった!でももう逃げられない!」という感じ。

著者は、こんなふうに体験を日記にしたためているくらいだから、もともとは教育のある階級みたい。お父さんが死んでしまったことで貧乏に転落し「この急場を救うには、これより他に道がない」ということになった。

たまに「昔の日本人は性的に放縦だった」みたいなことを聞くけど、この人はそうではない(もっとも、仮に性的に放縦だからって、奴隷労働となったら話は別だよね)。もしかしたら著者は学校や家庭なんかで純潔教育を受けていたのかな。男性に触れたこともないし、性的なものを汚らわしいと考えてしまう、一番こういう仕事をしちゃいけないタイプ。

著者に筆力があるから、読んでいて引き込まれるんだけど、なんたって悲惨な毎日だから引き込まれすぎて本当に憂鬱になっていきます。

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…と、こんなことを書いておいて、最後まで読んでしまいました。

良かったのは、やっぱり遊廓から脱出するハッピーエンドで終わること。
最後の脱出記はちゃんと脱出できるんだってわかっていても、読んでいてハラハラせずにはいられません。

日々の細かな暮らしぶりが伺えるのもよかった。
花魁たちを、脅かしと借金漬けで見えない鎖に繋いでいく様は恐ろしかった。
お金を稼いでも花魁の取り分は少ないし、さらに食事代、お風呂代、髪結い代、などなどで、どんどん赤字になっていってしまう。
客が暴れて店のものを壊したら、理不尽にも、その客の相手をした花魁が弁償しなければならない。

花魁は、雇い主やお店側からは露骨に商売道具として扱われるので(商売道具だから大事にする、という発想は一切なし)、病気になっても心配されるどころか嫌味を言われたり怒鳴られたりしていじめられるというのがめちゃくちゃ辛そうだった。
同僚の花魁が同情して優しくしてくれたりはするけど、同僚も弱者だから、心配されて嬉しいのはあるけど、お店側の酷い扱いに対しては無力なんだよねえ。
あと、生理のときも休みなしで働かされていたみたい。
ちなみに、オニババ本の作者が書いていたように膣をしめて経血を止めていたわけではなさそう。
「月のものなので脱脂綿を買ってきてもらう」という記述があった。

健康管理どころか体を悪くするような日々だし、吉原専属の医者や病院も劣悪で、心もそうだけど、体もどんどん蝕まれていってしまう。

あと読んでいて「あああ」と思ったのが、後半分に「お母さんは、実は私がどんな仕事をさせられるのか知っていたんじゃないか」と疑念が生まれるところ。それまで、すごく大好きなお母さん、という書かれ方だったんだけど…。

著者はセールストークやグイグイ営業が大の苦手で、祝儀を貰うチャンスも逃してしまったりするんだけど、それを世話焼きのおばさんに叱られたりする。このあたり、私もそういうの苦手だから共感しちゃった。

著者の森光子さんが逃げ込んだ、当時の文化人女性・柳原白蓮さんが、「序」で「身を売るということ!私はそれは古い野蛮な風習だと思っていました」と書いていたのは「知らなかったのかよ!」と思わず突っ込んでしまいました。当時は公娼制度で、国も認めていた制度だったのに。とはいえ、著者の森光子さん自身、吉原で行われるサービスの肝心なところはブラックボックスでよく知らないという感じだったし、社会全体で、こういうことは婦女子には知らせないようにしようとしていたんだろうな。でも、みんな知らないことでこんなふうに売られてボロボロになるまで使い捨てられてしまう。知らせないというのは罪なことだと思いました。