『アラブからこんにちは』

アラブからこんにちは

アラブからこんにちは

冒頭から引き込まれた。灼熱地獄のUAEに住む著者が、夏の間のサンルームをカーテンで覆うことに悪戦苦闘するところから話が始まっていく。家の中に夏の強烈な日光が入ってこないようにしたいんだけど、これがめちゃくちゃ大変なんだよ。カーテンを留めるための留め具とか接着剤とかが強烈な日光の熱でことごとく溶けちゃうの。暑いときは50度になるそうで、天然ロウリュウ(サウナのさらに強烈なやつ)みたい。こういう気候に住んでると冬になってやっとホッとするんだろうな。ここでは蚊がでるのは冬なんだって。夏はあまりに暑いので蚊も活動できない。ちなみに、なんでそんなところにサンルームがあるんだよって思ったんだけど、これは冬の間のお楽しみなんだって。

最初、駐在員の奥さんみたいに一時的に住んでる方が書いてるのかなと読み始めたんだけど、「このサンルームとの格闘が毎年の風物詩です」みたいなことが出てきて、そこで「あれっ、ここに何年も住んでる人なんだ」と気がついて、そのうち旦那さんがUAE人で、ここに根を下ろして暮らしている方なのだということがだんだんわかってくる。著者はハムダなおこさんという方です。

女性は不自由?
中東というと、女性が不自由という先入観がある。
そのあたりのUAEと日本との男女関係の習慣やマナーの違いはよく書かれていて、パッと読んだ感覚では、不自由そうとか異性との接触が無さ過ぎて淋しいような感じはしました。

ただ、ふと思ったのは、こういう小学生から男女別学で、性的な接触(単に品定めという意味でも)がない世界だと、非モテとかスクールカーストトラウマみたいな概念はないのかな。結婚相手も基本的には親族が決めるから、結婚は個人の魅力でというよりも、親族同士の結びつきみたいな感じだものね。

そうなると、現代日本のように「スクールカーストのトラウマや非モテを拗らせて女尊男卑屈からのミソジニーからの〜女性専用車両荒らし」みたいなことはならないのかな…とか。あ、でもそうなると、年寄りの「だから昔のようにお見合いして女は相手が誰であれ文句を言わず結婚するのがいいのだ」に回帰することになっちゃうのかな。それも困るか(^-^;)

資本主義とは別の価値観
いい話だなと思ったのが八百屋さんとポーターの話。なおこさんがいつも頼んでいる八百屋さんがいて、そこのおじさんは良いものを安く売ってくれるしズルをしないしと信頼のおける人なんだって。でもその品物を運んでくれる人に問題があって、すぐにお金を要求してきたりとがめつい。なおこさんが八百屋のおじさんに「ポーターを変えてほしい」と頼んだら、「マダム、あなたには十分なお金があるのに、なぜ彼にそれくらいのお金をあげようとしないんだ」みたいに諭されるところ。あれちょっといい話だった。

イスラム社会(イスラム社会とアラブ社会がイコールなのかよくわからないんだけど)は寄付や施しの伝統が厚い。なおこさんも書いてたけど、日本人はどちらかというとミニマムに暮らすというか人に迷惑をかけず無駄を省くのが良しとされていて、それがまあケチさnとか助け合い系の意識の低さにも繋がっちゃうところもある。そういえば森まゆみさんの『震災日記』でも日本で暮らすムスリムの人が被災地にカレーつくりに行ってた話とかあったなあ。日本人の目から見るとすごく犠牲を払ってカレーを作りに行ってるように見えるんだけど、ご本人は「困ってる人がいたら助けるのが当たり前でしょ」という意識でおられたというのも出てきた。

イスラム教では断食開けに寄付をする「喜捨」が奨励されてるんだって。断食も「飢餓に苦しんでいる人の気持ちを理解するため」という意味があるらしい。金持ちになると喜捨の金額もでかくなり、富裕層や大企業は喜捨専門の会計士を雇っているそう(ということはそれなりに喜捨減税みたいなのもあるのかな)。大企業とか国家レベルの喜捨になると、貧しい国に大規模な援助をしたりインフラ整備したりするそうで、それを聞くと、ODAとかなんとなく日本人ばかりが寄付で損してる感じは見当違いだったのかも…なんて思った。

資本主義とは別の論理で動いている。人間関係のわずらわしさはあるけど豊かなところもある。

異文化社会で身につけた逞しさ
なおこさんの異文化世界で生き抜くコツというかタフさも素晴らしいし、旦那さんがまた素晴らしい人だった。知的で頼りになって知恵があって愛情深い。

本の中で、夫の親族から憎まれている新婦が、義家族から結婚式をめちゃくちゃにされるエピソードが出てくるんだけど(なおこさんは新婦の友人として結婚式に呼ばれてた)てっきり「お嫁さんかわいそう」みたいに話をしめるのかと思ったら「だからどうだっていうんでしょう」「そう、人生はへこたれていてはいけないのです。悪意はどこにでもある。略 いちいち深刻に受け止めれば、人生は頭を挙げるヒマなく終わってしまいます。略 結婚式やバージンロード、ウエディングドレス、ブーケなどは、ある意味イルージョン(幻想)で、うまくいけばそれは素晴らしい思い出となるけれど、なくたって生きていけるのです。手に入らなかったからといって泣いて暮らす理由はどこにもない」ってまさかの終わり方。
でもこれ良かったねー。読んでいるこっちも「そうだ、へこたれなくていいんだ」と元気が出た。ここでは書かれてないけど、たぶんなおこさん自身の結婚とかぶってるのかな。同じアラブ人でも合わないとこんなんなんだから、日本からの嫁なんていったら、もっと酷い扱いだったのかもしれない。

数世紀の発展が30年に凝縮
UAEアラブ首長国連邦という国がどんなふうに成り立ったのかが勉強できたのもこの本を読んでよかったところ。ほんの30年ほど前まではなおこさん曰く「石器時代のような暮らし」をしていて、それがいまや超先進国になっている。この30年で数世紀もの発展が凝縮されたような感じだったらしい。なおこさんがUAEに来た当初も、庭に穴が掘ってあるのがキッチンだとなかなか認識できなかった、それくらい原始的な生活をしていたそう。

だから例えば5歳くらい年が違うと、価値観とか幼少時代の思い出とかがすさまじく違うらしい。

よい独裁者
UAEのシェイク・ザイード初代大統領の話もよかったよ。岡田斗司夫さんが「民主主義政治はどう頑張っても30〜60点、独裁政治は悪い独裁者だったら0点だけど良い独裁者だったら100点になる」と言ってたけど、まさにその「良い独裁者」という人らしかった。


現代日本人が読んだらかなり異文化な世界を誌上体験できる。刺激になる。単純にどっちがいいとか「日本もこうなるべきだ」とは言えないけど、良い刺激とか視点を得られることは間違いありません。