『内藤ルネ自伝 すべてを失くして』 「思いは実現する」のだろうか…

 

内藤ルネ自伝 すべてを失くして―転落のあとに

内藤ルネ自伝 すべてを失くして―転落のあとに

 

 内藤ルネさんは昭和から始まる少女文化の発信源みたいな方で、イラストを中心に雑誌の企画や誌面作り、ファンシーグッズ製作など様々な活動をされてきた。

例えばキティちゃんをはじめとしたサンリオのキャラクターグッズも元々はルネさんのファンシーグッズが拓いた道に生まれたものだし、それから「白い部屋がおしゃれ」とか「一軒まるまるデコレーションするのではなく部屋の一角を素敵に飾る」みたいな日本独特のおしゃれインテリア文化の発信源もルネさんだ。

また、ルネさんには有名ゲイ雑誌『薔薇族』の表紙イラストを長年続けてきたという一面もある。少女雑誌とゲイ雑誌というジャンルが大きく異なる雑誌なので、それぞれの読者はもう一方のルネさんの活動を全く知らなかったりするそうだ。(ただリバイバル後のルネさんを紹介する媒体は本書も含めてどちらの作品も紹介しているので、新しいファンは周知のことだろう。あと、よく考えたら少女雑誌とゲイ雑誌って読者層がかぶっているところがあるかもしれない。ルネさんのように少女らしい趣味を持つ男性もそこそこいるかもしれないし)

そう、ルネという名前や絵柄から女性を思い浮かべるが、ルネさんは男性で同性愛者だ。作品の雰囲気からわかるように、ご本人のキャラもめっちゃ乙女。本書は2005年発刊だからインタビューされている時点では70代のはじめ。お茶目で上品で優しいおばあちゃんという雰囲気。

タイトルの「すべてを失くして」というのは、若くして雑誌ひまわり社に入社『ジュニアそれいゆ』で頭角を現し(こうやって縮めて書くとスムーズに成功したようだけど実際に本書を読むと成功するまでハラハラする)、イラストレーター・デザイナーとして大成功した(とはいってもルネさんの世間知らずとおっとりした性格ゆえに作品をぱくられまくるのでだいぶ取りこぼしてるんだけど)ルネさんが、いままで築いてきた家や土地、愛着のあるコレクションなどなどを、「経営コンサルタント」に一気にだまし取られてしまうことだ。そもそもはルネさんのパートナーであるトンちゃんが「美術館を作ってルネさんのコレクションを展示したらいいんじゃないか」というのが始まりだった。時はバブル後期、投資で失くした金を取り戻すべく妖怪どもが世間を跋扈しており、そういうことにはまるで疎かったルネさんトンちゃんはまんまと彼らの餌食になってしまったのだ。支出だけでなく収入面でも、この時期は連載していた雑誌の休載などが続き、立て続けに仕事を失ってしまった。

そこで当記事のタイトルにつけた『「思いは実現する」のだろうか…』が出てくる。読書好きのルネさんは伝記物が好きで、中でも「絶頂期から立ち直れないほどに転落するストーリー」が大好きだった。そして「そういうのばっかり読んでたら自分がそうなっちゃった」とルネさんが述懐されていたのだ…。まあそれだけが理由じゃないだろうけど、やっぱり繰り返し思い描いていることは実現するというのは本当だったんだろうか…なんて思ってしまった。

ただ、ルネさんは転落して数年の後にリバイバルブームが訪れ、再び脚光を浴びファン達との暖かな交流を持つことになる。読者としてもほっとする。老後の穏やかでマイペースな暮らし方も良かった。ルネさんトンちゃんによっちゃんが加わった三人暮らしは、ゲイの人をはじめ今の世の中でスタンダードな家族モデルからはみ出した人たちへのモデルの一つとなるかもしれない。