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小田空『中国の思う壺』上・下

 

中国の思う壺〈上〉

中国の思う壺〈上〉

 

 

中国の思う壺

面白くて一気に読んじゃった!以前読んだ小田空さんの『中国の骨は一本少ない』にちょっと出てきてた、小田さんが中国の延安で日本語教師をしていたときの話が下巻。上巻は最初の中国旅行と玉砕、二度目のチャレンジ、三度目の留学の話。

小田さんは別に中国ばっかり行ってたわけではなくて、最初の中国旅行もユーラシア大陸横断旅行の中の一つだったんだよな。小田さんはいろいろな国で現地の人たちと仲良くなって人間的なふれあいを得ていたんだけど、その初めて行った1984年当時の中国だけは全く勝手が違ったわけだな。現地の人たちと全くコミュニケーションがとれなくて、というか「彼らは人間じゃなくて動物なのか!?」というほどに人間的な知性が感じられない。
ひどい書き方だと思うでしょ?先にねたばらししちゃうと実はこれ、後から「観光客が自分の価値観でジャッジしてしまう傲慢さ」とか「文化大革命のような暴政や貧しさは、それだけ人間性を破壊するものだ」という気づきへの伏線になっているんです。

だからこの本を読み進めるうちに、笑って泣いて人を気遣う中国の人たちがたくさん出てきて中国に親しみを覚えるようになっていきます(まあ、中国と一口にくくるのはかなり無理があるというのも本書から学べるので、小田さんを通しての中国ということで)。

あとやっぱり小田空さんが素敵だよなあ。海外で現地の人とどんどんコミュニケーションとっていく人の書いた本って、ともすると「うわあ、私にはこういうの無理だわ」みたいに自らのコミュ力の無さを刺激されて卑屈になったりするのに、小田さんの本はそういう気持ちにならないんだな。むしろ「小田さんのような人が日本人だと思ってもらえて誇らしい」みたいな気持ちになる。

小田さんは「真心もって話せばわかってくれるはず」という感じで、基本的に人間一般に対して信頼感を持っている。そういう気持ちで人に接していくからこそ、こういった幸福な対人体験ができるのかなあ、なんて思いました。