『李香蘭と原節子』四方田犬彦 李香蘭さんがこんなに立派な人だったとは…!

 

李香蘭と原節子 (岩波現代文庫)

李香蘭と原節子 (岩波現代文庫)

 

骨太でしっかりした論考でした。読後の充実感がすごい。

なぜ原節子李香蘭なのかというと、両者を比べながら論じることで植民地(満州)と日本、西洋と日本、日本人はどういう女性を理想としてきたか、どういう女性に都合のよさを感じてきたか、などなどいろんなことがわかるというわけなんです。

ちなみに本書の最後には原節子李香蘭という対立軸ではなく、もう一つの重要な対立軸が用意されています。

原節子といえば私にとっては小津安二郎東京物語』の人でした。ちなみに、その作品を銀座の並木座で見たときに「永遠の処女というからもっと細身で儚い人かと思ったら意外にがっちりして顔だちもしっかりしてる!」という印象を持ったことを覚えています。

それもそのはず、原節子がブレイクしたきっかけはドイツ人監督に見染められて日独合作映画のヒロインになったことで、今の世でもよく聞く「世界に認められた美しさ!」というものだったんです。西洋人らしい堂々とした美しさの持ち主ということで、日本人の西洋コンプレックスに応える存在だったんだね。当時は原節子ハーフ説も根強かったんだって。

で、戦中は国策映画に出まくって軍国の女神、戦後は民主主義の女神、そして小津作品でノスタルジーあふれる理想の日本女性と大衆に受け入れられてきた。常に日本人が安心して身を委ねたい価値観の理想形。引退後に表舞台からきっぱりと退いたという身の処し方も日本人好み。

一方、李香蘭は日本の植民地だった満州で生まれた日本人で本名は山口淑子。最初はソプラノ歌手としてラジオ出演していたところ、満映の目に止まり女優の道へ。大陸三部作など国策映画のヒロインを演じスターに。戦後、中国で裁判にかけられるものの危機一髪で帰国。戦後は日本の映画だけでなくアメリカ、香港と国際的に活躍。その後、3時のあなたの司会者、国会議員を経て、パレスチナ問題、従軍慰安婦問題に尽力。ご本人も自伝を出したり、折に触れて自らの考えをしっかりと述べる。(この辺りはよく知らない人から「でしゃばり」みたいに誤解されたりもするらしい)

李香蘭のこと映画も見たことなかったし実はあまりよく知らなかったんだけど、いやーこんな立派な人だったとは…!「3時のあなた」の司会をしているときにイスラエルパレスチナのことを取材したときがあって、その場限りではなくライフワークとしてパレスチナ問題に取り組むんだよね。

それから従軍慰安婦問題への取り組み。本書の最後、李香蘭というか山口淑子さんに四方田犬彦さんがインタビューしたことが載っていて、そこにすごく印象的なエピソードが紹介されるの。韓国の従軍慰安婦だった人が後年、山口淑子さんと会った時に、満州従軍慰安婦をしているときに李香蘭が映画撮影しているところを観に行ったという当時の思い出を語ったこと、その人は16,7の頃に新しい服を買ってもらったと嬉しく街を歩いているときに日本軍に連れていかれたこと、山口さんは「年も違わない二人が、一方はスターで一方は従軍慰安婦だったなんて」とすごくショックを受けたそうです。そして「だから私は戦争を憎むんです」と。このあたりが本書のクライマックスではないかと思いました。

あと、李香蘭が行く先々で常に語学と声楽のレッスンを欠かさないというのが何気によかったなあ。私もがんばろう!って思いました。