林真理子『幸福御礼』 選挙妖怪の話

由香の夫・志郎はさえないサラリーマンだが、実は河童市では名家の御曹司。そんな志郎に、姑の春子がある日突然、河童市市長選挙に立候補しろ、と言ってきた。姑は「政治は家業」と大はりきりだが、由香は断固反対!やがて3人は選挙の渦に巻き込まれて…

作品の時代背景はたぶん90年代前半あたりですが、「日本の選挙の真ん中にべったり存在する何か」はおそらく当時も今も変わっていないのではないでしょうか。

主人公の由香は「無党派層」とか「選挙に行かない都会の有権者」を代表する存在、そしてその対照的な存在である姑の春子は、由香のような層が蛇蝎のごとく嫌う「昔ながらの選挙」を象徴する人物。

夫の選挙に巻き込まれて候補者夫人となってしまった由香は、春子たちの面妖で滑稽な「昔ながらの選挙活動」から離れ、自分でネットワークを開拓し、独自の選挙活動をしていこうとします。

姑への対抗心や、評判の悪い嫁から少しでもポジション上げたい気持ち、そして夫への哀れみのような愛情から選挙活動に踏み出した由香は、そのうちに人々を動かす快感に目覚めていき、終いにはあれほどおぞましく思っていた姑の春子と互いに争うように同じ行動へと駆り立てられていきます。

読んでいる側としても、由香が選挙活動に乗り出して姑に一泡ふかせたり一芝居うったりと次第に大胆になって行く様が面白くて、「行け行けー!やれやれー!」と興奮していて、気がついたらこちらの方まで「志郎が当選したらいいのに」とまで願ってしまいます。

まともな知性を持っていると自負している人が、どのように選挙という熱狂に呑み込まれ、人間が壊れていくのか。私も引き込まれながらこの本の中で追体験してきました。

幸福御礼 (角川文庫)

幸福御礼 (角川文庫)