第二子出産してきました

前回のブログが10月22日。11月はまるまるすっ飛ばしていま12月。その間なにがあったかというと、タイトル通り第二子を出産してきました。

出産したのは11月13日4時何分だったっけ。その前の10月下旬から11月上旬はマンガを描くのとかその他いろいろと仕事で忙殺されていたんだよな。で、この頃になるともういつ赤ちゃんが出てきてもおかしくないときだから、おなかの赤ちゃんに「もうちょっと待ってね、もうちょっと待ってね」とママのわがままを聞いてもらっていました。それに呼応して「ママ…僕はいつ出てきたらいいですか…?」と赤ちゃんがつぶやいてるところを妄想してました。

で、本当に大事な原稿を送ったところで、翌朝に陣痛が始まってお昼過ぎに病院、それから午後の4時…何分だったっけな、出産しました。4時7分だっけ。あとで確認しよう。(iPhoneみたら4時5分でした)

陣痛から出産の流れは相変わらずだね。前回同様声を出しましたよ。私の場合普通の発声みたいに「あーーーーー!」って言うんだよね。あと、前回同様に「もう出てくる!」というときに足を広げるのがつらい。ただねえ、出産終わってもうすぐ1カ月。そうすると本当に現金なものでね、記憶が薄れていくのよ。前回はずっと助産師さんがお産につきあってくれて、最後の最後にお医者さん登場だったけど、今回はけっこう最初の方からお医者さんが来て一緒にお産した感じだった。このお医者さんが、検診でずっと担当だったんだけど、途中から担当の日時が変わってそれ以来の突然の再開、けど再開したときにはすでに陣痛、分娩で苦しかったので「先生久しぶり!」みたいなのは全くなかったな。

前回、4人部屋がつらかったので、今回は個室にした。何がつらいって、夜中に赤ちゃんが泣いてなかなか泣き止まないと気をつかっちゃうのよ。お互いさまっちゃあお互いさまなんだけどね。あとは家族がお見舞いにきたときに個室の方が、これも気をつかわなくていいってことで。

出産して5日くらいで退院したのかな。月曜日に出産して土曜に退院。そうそう、その間にアロママッサージとお祝い膳というお楽しみも堪能しました。退院後は1カ月検診まで実家滞在予定。家事をやって貰えるので楽だけど、母が上の子に手を焼いているので、あまり母に負担にならないように気をつかってます(キレるから)。パソコンに触れられる時間も制限されていたりといろいろと不便なところはあるけど、やっぱり両親が孫がいることを喜んでいるのを見るのは嬉しいです。あと、上の1歳の子の成長がめざましい。

 

『アメリカは食べる。アメリカ食文化の謎をめぐる旅』

 

アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅

アメリカは食べる。――アメリカ食文化の謎をめぐる旅

 

 nキーが使えなくなったパソコンですが、結局、iPadではなく、その不便ばパソコンで書いてます。だって、iPadからだとこのはてなブログが満足に更新できないんだものー!本文を書き終わってアップしようと思ったら、通常は左下に出てくる「公開する」ボタンが表示されないの。なので今はnキーだけキーボードではなく、スクリーンキーボードで打ってます。はっ、もしかしてiPadChromeアプリを入れてそこから更新すればいいんだろうか。

というわけで、本題です。

こちらの本が本当に素晴らしかった。分厚いんだけど、どんどん読んじゃった。東理夫さんという方が著者なんだけど、戦後の昭和に子ども時代を過ごしている方のわりに、子どもの頃に家で食べたものの定番が「パンフライドチキンとマッシュドポテトにグレイヴィソースがけ、それに人参の茹でたものとほうれん草のバター炒め」という「ん?」となるメニューなのね。ご両親とも日本人でハーフというわけでもないようだし…。で、読み進むうちに、どうもご両親がカナダで生まれ育った人たちだということがわかってくる。東さん自身は満州で生まれ、戦後の引き上げ以来日本で育っているんだけど、お家の中では食生活を始め北米の習慣を引き継いでいるらしいこともわかってくる。

こういった、時折はさまれる東さんの個人史と共に、メインテーマであるアメリカ食文化や各文化のルーツ、さらには「アメリカ人をアメリカ人たらしめるものは何なのか」「移民だった彼らがいつどのようにアメリカ人になっていくのか」を食から考察していきます。

これは論文ではなくエッセイで、これ私の単なる思い込みでエッセイというとちょっと軽い読みものというイメージがあったんだけど、いやいやすごい重厚感ある一冊。しかも読んでいて楽しいというか、読む喜びがずーっとあるから、重要な知識やアイデアに触れながらも、どんどん読み進んで行ってしまう。

東さんのアメリカ食文化をめぐる旅は、ふだん私たちが触れることが多いニューヨークやロサンゼルス、ハワイといった海に面したところよりも、内陸部の方が多い、確かに広いアメリカ、その多くは海に面していない地域だものね。読んでいる私もその内陸部のハイウェイを車で飛ばしてアメリカらしいレストランやダイナーで食事をして、ハイウェイ沿いのモーテルに泊まって、アメリカらしいパンケーキとシロップと卵料理の朝食をとって旅をしている気分になります。

この旅の話で面白かったのは、単調なハイウェイの旅をしていると、マラソンの集団のように、ほぼ似たようなリズムで移動する車の集団ができてくるというもの。車で飛ばしてもだいたい似たような速度になるし、立ち寄るモーテルやレストランも、そう選択肢があるわけじゃないから、だいたい似たようなところになる。だからしばらくは道路やモーテル、レストランで会う顔ぶれがだいたい一緒になり、孤独な旅の中、ちょっとした連帯感のようなものが生まれる、という話。言われればなるほどと思うけど、聞かないと永遠に気づかないようなちょっとした話なんだけど、私はこれ妙に印象に残ってる。いい話。

あと、こちらの本ではあの永遠の謎「アメリカの食はなぜマズイのか」についても非常に納得できる答えが書かれています。あんなに豊かな国なのにね。

それから「アメリカ食をアメリカ食たらしめている決定的なある食材とは」「イギリスの食とアメリカの食との決定的な違いは」という考察もめっちゃ納得できました。

iPad用のキーボード付きケースを買いました

赤ちゃんに自宅のノートパソコンを壊されてしまったため、ご無沙汰していました。

壊されたといっても些細なことなのですが、些細なことだけどパソコンを触る気が後退するというか。要は「n」のキーが効かなくなっちゃったんです。

というわけで、手持ちのiPad Airをノートパソコン代わりに使おうと、ケース付きキーボードを買いました。iPadの文字入力が苦手(それならiPhoneフリック入力の方が楽)で、ずっと動画視聴用として使ってきたんですよねえ。

ちなみに買ったのはこちら。

 

iPad Airの背面を、ケースの粘着部分にペタッと付けて、キーボードはBluetoothで繋ぎます。Bluetoothでは、なぜかこちらの商品名の方は認識されず、もう一つ現れた謎のアルファベットと数字の方で認識されました。

 

『ネット右翼の終わり ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか』

 

ネット右翼の終わり──ヘイトスピーチはなぜ無くならないのか
 

 ヘアスタイルが印象的な保守論客、古谷経衡さんの著作。

私もぜんぜん知らない世界だったんだけど、ネトウヨ界の中でもケンカしてたり盛り上がりと盛り下がりの時期があったりと、ウヨ曲折を経ていたんですね。

ネット右翼が一番盛り上がっていた時期というのは実は安倍政権下ではなく、民主党政権下だったそうです。この時期はそれぞれ意見が違うネット右翼界でも「民主党政権」という共通の敵を得たおかげで一つになり、デモが開催されても安倍政権の現在では考えられないほどの動員数を誇っていたのだとか。例えば、2011年に行われたフジテレビが韓流ドラマを不当に垂れ流していることへの抗議デモは大いに盛り上がり、延べ1万人規模の人たちが集まったのだとか。私から言わせれば、大震災直後で原発事故も不安なこの時期になのにそっち!?という感じですが(確か当時もそんなツイートかリツイートをした記憶があります)、古谷さんによると、このあたりの時期が最盛期だったそうです。

安倍政権誕生後、ネット右翼の人たちは、旧日本軍という共通の敵を失った中国共産党軍と国民党軍が内戦を始めたように、再び分裂して勢いを失っていったそう。それから、ネトウヨ政権が誕生したことで運動のモチベーションを失ったというケースも多かったそう。確かに安倍政権誕生で「さあ、これからオレたちの時代が始まる!」と喜んでいられるのって、具体的に見返りのある保守論壇とか、直接あのあたりから美味しい何かがもらえるセレブ保守だからね。一般のネット右翼はそういうのないものね(ってか、ご本人たちがどう自覚されているのか知らないけどむしろ搾取しまくられる法なのではと思いますが)。

それからネット右翼ではなくて、曽野綾子さんとか渡部昇一さんとか昔からいる保守論壇のご老人方。この人たちとネット右翼の関係の説明も面白かった。基本的にね、両者の関係はリベラルと似てるの。そもそも若い人の政治離れが始まって久しい中、こういった政治保守論壇の人たちは、正論みたいな読む人が固定化していた保守老人サークルにずっと生息していたのね。そこでは内輪受けみたいな保守言論を互いに言い合って褒めあってるみたいな温室のような場で、とはいえ「このままじゃいかん…」みたいな閉塞感や危機感もそれなりに持たれていたそう。ちなみに、この保守言論とは何かというと、古谷さんによると自民党・清和会の言ってることそのまんまだって。

そこに、ネット右翼の台頭で、このご老人たちは「おおっ、最近では保守言論がインターネットの世界で若者たちに受けているらしい!わしらの時代が来た!」と大いに元気づけられたそう。彼らに去られたくない思いが強いので、その後だんだん表面化してくる質の悪いネトウヨの妄言も叱れないし、在特会のように町に出てムチャクチャやらかす連中にも何も言えない。在特会との関係を問いただされても「…そんな人たちは存じ上げません…」としか言えなくなってしまう。あとは、保守老人たちが「若者にウケてる!」と盛り上がっていたその若者というのは、実は若者ではなく中年だったというおまけもつくんだけどね。

一方、ネット右翼の人たちの起源というのは、古谷さんによると2002年日韓共催ワールドカップに求められるそう。これね、確かに私も覚えてる。テレビとネットの温度差があったんだよね。韓国チームのラフプレーとか買収とかがネットで騒がれているのにテレビはそれを報じないみたいな…。この辺り、私も具体的に韓国チームの何が問題だったのか、ちゃんと把握してないので無責任なこと書けないんだけど、とにかく温度差が激しくて、ネットの中でテレビへの怒りみたいなのが盛り上がってたんだよね。

というわけでネット右翼は、もともとマスコミと韓国への反感が元になっているので、だから本来の保守とか右翼とかの考えとは違うところがたくさんあるんだよね。

 

『ダーチャと日本の強制収容所』

 

ダーチャと日本の強制収容所

ダーチャと日本の強制収容所

 

 最近、太平洋戦争中や戦前、戦後の本をよく読んでる。つい手にとってしまう。やっぱりどこか危機感を覚えているんだろうなあ。この危機感が杞憂でありますようにと願うとともに、自分自身でもそうならないようにできるだけのことをしたい。

というわけで、本書の紹介。『ダーチャと日本の強制収容所』。ダーチャと聞くと、私なんかはロシアの菜園付き別荘のことを思い出してしまうけど、このダーチャは表紙にいるダーチャ・マライーニというイタリア人の女の子。

このダーチャ一家は、お父さんのフォスコがアイヌ研究のため札幌に行くのについていくのね。といっても、当初はフォスコとお母さんのトパーツィアとダーチャの親子三人。日本で妹のユキとトーニが生まれて5人家族になるの。

収容所に入る前の日本での生活はとても幸せそう。ダーチャはじめ子どもたちはイタリア語よりも日本語を覚え、近所の子供達と遊びまわる。フォスコはアイヌ研究とともに、在日外国人やインテリ日本人たちと知的な交友を持つ。トパーツィアは源氏物語枕草子の存在に感激し、日本文化を学ぶ。…でも読者としてはその後に過酷な収容所生活が待ち構えているのがわかっているので、なんともいえない気持ち。

で、収容所生活。私も知らなかったんだけど、日独伊三国同盟じゃん、なんでイタリア人が収容所に入れられるの??って思ってたんだけど、この同盟から途中でイタリアが抜けるのね!知らなかった!それで追い出されたファシスト政権はナチス・ドイツの傀儡国家サロ共和国を作ってたのね。ちなみにサロ共和国は連合国側からの蔑称で、自分らはイタリア社会共和国と名乗っていたそう。サロと言えば、あのパゾリーニファシズムを批判した衝撃作『ソドムの市』の原題『サロ、或いはソドムの120日』ではないですか!ここに繋がるのね。

あ、そうそう、で、収容所生活。これがまた読んでいて辛くなるのよ。ここに入れられたイタリア人たちはサロ共和国への忠誠宣言かな、それを拒否して連れてこられた人たちなのね。自らの信念で入ってきたわけで、最初は気丈に皆で連帯しているの。それが特高憲兵の過酷ないじめと飢えで崩れ、極限状態で弱い立場の子どもたちにしわ寄せが来ることが本当に辛かった。この後、解放されるという結果がわかっているから読んでいられる感じ。どうして世の多くの人は戦争が起こりそうなリスクに無頓着なんだろうか…。

そして戦争が終わり、解放、帰国。戦争が終わってもすぐに帰れるわけじゃなくて、連合軍のヘリコプターから収容所めがけて豊かな物資が投下されたり、恥知らずの特高憲兵が「自分たちに不利な証言はしないでくれ」とか投下された物資の物乞いに来たり、とりあえず連合軍から仕事をもらってしばらく日本で生活していたりと、そんな中でとうとうイタリアに向けて帰国支援する船が出るということで、「このまま日本に帰りたい…」と渋るフォスコをトパーツィアが説得して、無事、イタリアに帰ることになるんだな。

イタリアへの帰国でめでたしめでたしというわけじゃないの。悲しいことに両親は収容所生活で亀裂が入り、その後離婚。ユキは過酷な収容所での心身への傷が災いしたのか、若くして亡くなる。上の子のように戦争を理解できるには幼すぎ、末っ子のようにお母さんの腕の中にいるわけにいかない中、小さなこころと身体で恐怖を全身に受け止めなければならなかったというのが、本当にかわいそうでかわいそうで胸が締め付けられた。そしてダーチャは帰国船の中でアメリカ人の水兵から、帰国後は神父ともう一人誰か他の男から性暴力を受けてしまう。今の日本人の感覚だと「いたずら」程度だと思うかもしれないが、それを受ける子どもからしたら暴力の名に値すると思う。そしてまた別の収容所であったフィレンツェの寄宿学校での生活。

でも、このあたりから、今までの小さな女の子だったダーチャから、フェミニストの作家であるダーチャ・マライーニの存在感がぐんぐん表に出てくる。こういった経験が彼女の作品にどうつながっていくのか、ということに比重が置かれてくる。

だからね、実はこの本今さっき読み終わったんだけど、真っ先に作家であるダーチャ・マライーニとその著作を検索しちゃったものね。彼女の作品を読みたい!邦訳されていないものでも読みたいものがある!と。

実は著名な作家であったダーチャ・マライーニを知ることができて、本書の著者である望月紀子さんに感謝です。この本を見つけた時は「興味のあるテーマではあるけど、最後まで読みきれるかな…」とも思ったのですが杞憂でした。たちまち引き込まれて終わりまでぐんぐん読んでしまいました。

 

 

『タモリと戦後ニッポン』

 

タモリと戦後ニッポン (講談社現代新書)
 

 おもしろかったー。

タモリのルーツから現在に至るまでを、日本の歩みと連動させて考察されています。

タモリのドライな都会志向や、田舎に象徴されるセコくてベタベタしたところを嫌うところは、タモリの両親や祖父母が一番良い時の満州にいたからではないかという考察が新鮮でした。一番良い時の満州は日本よりも生活設備や都市インフラが整っていて、社会の雰囲気も大らかで自由に生きられるという面があったそう。タモリ自身は戦後生まれで満州体験はないものの、家族から繰り返し満州の良さと日本のダメさを聞かされたことが影響しているのだろうと。

タモリが幾度かモデルチェンジというかタレントとして変容していることもわかりました。世に出始めた当初は、山下洋輔とか赤塚不二夫浅井慎平などなど、文化人のサロン内芸人みたいなとき(このときはタモリ本人も実験的なレコードづくりや面白いことをするのに熱心で読んでいて面白かった)、それからテレビに出始めのアクが強くて女性からめっちゃ嫌われていたとき、そして女性リスナーの多いラジオ番組やNHKに進出して国民的に受け入れられるとき、それから『笑っていいとも』の安定期、そして今に続く枯れた趣味人的なとき。

タモリは元々頭がよく才能がある人ではあったけれど、さらにその特質や志向が時代の流れとこんなふうにシンクロしている、みたいな考察がとても納得できました。

ただ、私の一番気になっていたところ。タモリが政治的な発言をほぼしてない、というかたぶん避けているところや、「笑っていいとも」の末期に安倍総理がゲストで来たことについては一切言及されていませんでした(同世代の鶴瓶や、タモリがファンである吉永小百合はわりと折に触れて今の政治に苦言を呈している)。政治的なこと、要するに政権というか真の権力批判は避けるけれど、権力に利用されることは受け入れてしまう。私としてはそこが逆に『タモリと戦後ニッポン』そのもののような感じがしました。現在の日本人マジョリティを象徴しているような。ココらへんはうまいこと言語化できないんだけど、それはずっと気になっていたことで。例えばタモリさん好きな人が、私のこの「タモリは政治的な発言をしていないのはなぜか」みたいなことを聞いたら「なんて無粋なことを言う奴」とムッとするでしょう?それ!それそれそれ!それは一体なんなんだろうなあって。

モーパッサン『女の一生』

 ネタバレしているので、話の結末を知りたくない人は読まないで下さい。

女の一生 (光文社古典新訳文庫)

女の一生 (光文社古典新訳文庫)

 

いやー、思いの外面白かった!

この前読んだ『エマ』とかと時代はかぶるのかな。エマはイギリス、こちらはフランスの話なんだけど、貴族の生活ぶりとか使用人たちとの関係性とか色々と似てた。あと映画の画像を見ると女性陣の服装がエンパイアドレスというのかな、同じような感じだった(念のため検索して確かめようと”エンパイアドレス”で検索してみたら、ウェディングドレスばっかりでてきた)。

最初の方は幸せいっぱいな主人公のジャンヌなんだけど、中盤で雲行きが怪しくなって、エンディングに進むに連れてダメ人間っぷりに拍車が掛かっていくのねw色々と突っ込みどころが多くて、夫ジュリアンの浮気とかもうジャンヌが気づくまでに、いわゆるフラグ立ちまくりで、読者としては「おいっ、いい加減気づけよ!」とめちゃくちゃ突っ込みたくなりますw

ジャンヌの一人息子ポールへの溺愛ぶりも強烈で、日本人の感覚でも「ヤバイお母さん」という感じなんだから、日本よりもずっと「子どもを甘やかさない」「親子は距離と節度を持ってきちんと躾けるべし」というフランス社会では、この辺りはもっと「いっちゃってる人」感があるんだろうなあ。

でも、幼少期のポールを中心に、母(ジャンヌ)、祖父、叔母たちがキャッキャしながら子育てに奔走しているところはけっこう和めた。私自身の、両親が孫にキャッキャしているところを思い出してしまって…。

でさあ、物語中盤でフェイドアウトするジャンヌの乳姉妹であり女中のロザリーが終盤になって復活し、ダメ人間になったジャンヌを支える重要な役割を果たしに来るんだけど、これがまたイイ奴なのよ。本では「ジャンヌ様からお給料をいただくなんてとんでもないですよ」みたいにふつうの言葉なんだけど、脳内では「おら、ジャンヌ様からお給料をいただくなんてとんでもねえだ!」と勝手に変換していましたw ジャンヌが「私の人生不幸続き」とメソメソしているときに「食べるものに困って働かなければいけねえわけでも、毎朝六時に起きて一日中働くわけでもねえのに、何を仰るだ!」「子どもだって兵隊に取られる人がいるのに、お坊ちゃまが生きてるだけでもありがてえですだ!」みたいにガツンと説教するところも頼もしくていいw

やっぱり『女の一生』で光ってたのはロザリーとリゾン叔母さんだよねえ。ジャンヌのお母さんの妹である、めっちゃ存在感のないリゾン叔母さんの描写もいいんですよ~。モーパッサンもよくこんなキャラ思いついたよねw