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重大な錯誤を引き起こす毒言葉「あの人はスペックが高い/低い」 

人のことを製品になぞらえて「スペックが高い/低い」という言い方があります。

この言葉のおかしさは、人間を資本や商品のような存在として捉えているところです。

この言い方を目にし始めた当初は斬新な言い方だなあと感心しましたが、今では重大な錯誤を引き起こす毒言葉だと考えています。

人を資本や商品のように扱って何が悪いんでしょうね。もちろん「失礼である」といういたってまともな理由がありますが、このブログを読んでいるあなたはそんな理由では納得されないでしょう。

何が悪いのか。
それは自尊心を失くしていくからです。

他人を評価するときに「あの人はスペックが高い/低い」と言っているのに、なぜ自尊心が出てくるのでしょうか。

それは他人を評価するというのは、必ず「じゃあ自分はどうなのか」とセットになっているからです。他人に刃を向けているときは自分にも同じ刃を向けています。それは無意識においてかもしれないし、時間差があって気がつくことかもしれません。

ですから、人間を資本や商品のような存在として捉えるクセがついてしまうと、もし自分の人生がちょっと噛み合わなくなったときなんかに「商品価値の低い私は価値がないんだ」などと馬鹿げたことを考え始めてしまうのです。

自分という大事な存在を、いいかげんな世間の価値(しかも大抵は妄想)に委ねてしまうことになるんですね。

私の推測ですが、人が自殺を思い浮かべるときの自分への煽り言葉に「私みたいな誰からも需要のない人間は商品価値がないんだから…」というのは、すごくあるのではないかと思います。

人生のある局面を市場になぞらえたり、何かに向かって努力するときの発奮材料として自分を資本に喩えることは便利なこともあります。けれども、自分自身(心も身体も)というのは、まずは「この世界を体験する主体」です。人間を資本や商品に喩えることはあくまで「ちょっとした方便」に過ぎません。そこに無自覚に「スペックが高い/低い」などという言い方をしていると、重大な錯誤を引き起こします。

追記:私がこんなふうに強い口調で批判している相手は、たいていは過去のアホな自分です。