『人生を面白くする 本物の教養』

 

 先日読んだ『文化系女子という生き方~「ポスト恋愛時代宣言」』で「文化教養は人生を豊かにするんだ!」と高揚した気持ちになり、その余波で手にとったこちらの本。

ライフネット生命の社長さんによる、ビジネスパーソン向けの教養のすすめ。読書や旅の面白さ素晴らしさ、語学(ここでは英語)を学んでいくことで経験する世界が変わっていくこと。そしてそれがいかに教養という血肉になりビジネスや人生に生かされるか。

「はじめに」で紹介されているココ・シャネルの言葉がまずよかった。

”私のような大学も出ていない年をとった無知な女でも、まだ道端に咲いている花の名前を一日に一つぐらいは覚えることができる。一つ名前を知れば、世界の謎が一つ解けたことになる。その分だけ人生と世界は単純になっていく。だからこそ、人生は楽しく、生きることは素晴らしい”

著者の出口さんが考える教養の基本的な捉え方はこれ。単に知識を増やすだけではなくて、こういう世界が広がる喜び、知識そのものではなくて、その知識が広げてくれる「世界」そのものへの好奇心に重点が置かれている。

歴史を学ぶことの意義についてもよかった。輝かしい歴史ばかりではなく、過去に起こした愚かなこと、負の遺産を学び同じ失敗を繰り返さないこと、これをやらないと彼らの子孫として生きてる意味が無いということ。ただし、歴史を学ぶときに司馬遼太郎の本はダメだと本書では述べられています。あれは物語としては面白いけど、はじめに結論ありきでその結論に合致するモザイクを組み合わせて作っているだけだからと。司馬遼太郎の作品を本物の歴史だと勘違いしてしまうことを揶揄して司馬史観なんて言いますよね。やはり本物の教養人たるもの、エンターテイメントと歴史書との区別ぐらいはつけておきたいところです。

本書では政治に対する態度や時事問題への提言も多い。というか、本来は文化教養と政治、時事問題は切り離せないものなんですよね。

政治についての考え方では共感するところが多かったです。

例えば、”政府を批判することは市民の重要な権利です。歴史の教える通り権力を持つものに批判の目を向けることによって、権力の暴走が防がれます”とかね。

一方、本書を読みながら「うーんそれはどうかなあ」と思ったこともいくつかあります。まず、物事を考えるには理屈ではなく数字とファクトで考える、データで判断することを推しているのですが、実はこれでよく騙されるんですよ!いや、出口さんの言うことはもっともなんですけど、でももっともらしい数字、データ、グラフを持ち出されることでころっと騙されるというのが日常的によくあるし、その持ちだされた数字やデータがちゃんとしたものなのかというのがあるので、ここはちょっとどうかなと思いました。

それから原発について。本書では原発は非常に危険でやっかいなものだけれどやめるのは難しいと述べられているのですが、その論拠があまりはっきりしていないように思いました。放射性廃棄物や福島原発事故の処理ができていないこと放射能が飛散していることは認識されているようなのですけど。ただ、ご本人自身が原発事故についてトラウマが生々しく十分落ち着けていない気がすると書かれているので、答えの出ないまま逡巡していることをそのまま述べられているのかなと思います。

『世界中のお菓子あります―ソニープラザと輸入菓子の40年―(新潮新書)』

 

世界中のお菓子あります―ソニープラザと輸入菓子の40年―(新潮新書)

世界中のお菓子あります―ソニープラザと輸入菓子の40年―(新潮新書)

 

 ソニープラザといえば、高校生の時、学校帰りに寄り道するのが楽しみだったなあ。当時はお金がなかったのでほとんど見るだけか、たまにお菓子やヘア関係の小物とかお小遣いでも買えるものを買ってた。今はソニーから独立して「プラザ」という名前になってしまったけど、ソニプラ当時は「家電企業のソニーなのになぜこんな女子向けの雑貨屋さんを…?」というのはうっすらと思っていました。

本書によるとその秘密は、自社ビルであるソニービルの地下が空いていたので盛田昭夫氏が「そうだ、そのスペースでアメリカのドラッグストアみたいなお店を開こう、日本でもソーダファウンテンを作るんだ!」ということで始めたそうです。

なので、昔のソニープラザにはソーダファウンテンという飲み物や軽食を出すカウンターがあったんだって。本に出ていた写真を見ると、いかにもミッドセンチュリーな作りで当時はかっこよかったんだろうなって感じでした。

現在の店舗では大量の商品を限られたスペースにどう置くか四苦八苦しているのに、オープン当初は品物がなかなか集まらなくて、棚をいかにスカスカに見せないかが大変だったらしいです。商品もね、今見るとなんてことないものなのよ。アイヴォリーの石鹸とかバンドエイド(!)とか。それでも当時はパッケージがかっこええとかキラキラしてたんだろうね。

勉強になったのは、ずっとソニプラで働いていた著者の田島さんがお菓子の展示会に買い付けに行く話。田島さんは毎年フランクフルトで開かれる世界最大のお菓子の展示会に買い付けに行くんだけど、最初の3年くらいは行って帰ってくるだけで何も成果が出せなかったそう。会場を回るだけで1日終わっちゃうし、そんな落ち着かない状況の中、とてもじゃないけど商品に目星をつけて商談にこぎつけるまでにはいかないと。それ読んで「そうだよねー!!」と納得。私も展示会を回った経験があったけど、よくこの環境と雰囲気で皆さんサクサクと商談成立させてくるなと思ってたんですよ!

ソニーほどの大企業でも同じような感じで回っていたのかーとなんか安心してしまった。それで、田島さんも展示会の前にあらかじめ商品と企業をしっかりとピックアップして、それで臨むようにしたんだそうです。

それから現在のお菓子業界の話。お菓子業界も時代の流れで、EUの企業なんかはどんどん大企業に吸収されて再編されていってるそう。バレンタインになると「手作りチョコなんてチョコ溶かして固めなおしてるだけやろ!」という突っ込みが毎年行われるけど、実はヨーロッパのチョコレート業界はまさにそうで、ほとんどの企業は同じ「チョコレートの素」を使ってるんだって。これをもとに独自に何かを混ぜたりとかしてるんだそう。

 

『自分を支える心の技法: 怒りをコントロールする9つのレッスン (ちくま文庫)』

 

 すごく良い本だったんだけど、返却の期限が迫っていたので駆け足で読んでしまった。ちともったいなかった。

激しい怒りというのは、実は最も身近な人や親密な人、本来は大事にしなければいけない人にほどぶつけられる。親、恋人、配偶者、親友なんかもそうかな。名越先生によると、これは赤ん坊の頃の「怒り泣き叫ぶことで、親を動かして自分の欲求を満たす」という生き方に依るのではないかと。これは卓見ですよね。確かに思い当たる!

そういう怒りって、なんとなく根底に甘えの気分を含んでるんだよね。わかるわかる。でもそれは決して野放しにしていていいものではないんだよね。ある程度、自覚してコントロールしなければ、一番大切な人との関係を破壊することになりかねない。そこまでいかなくとも、深く傷つけてしまうかもしれない。幸い、自覚することでなくなる怒りだってたくさんあるから、これは頭に留めておいた方がいい。私もぜひそうしようと思う。

後もう一つ。瞑想のススメがあったね。私もいま瞑想しているから、こういう瞑想ネタは読んでおきたいところ。で、すごく共感したのが「瞑想はリラックスするものと誤解されがちだけど、実はアスリートが試合に望むような精神状態に近い。眠くなるような瞑想は瞑想ではない」というもの。これほんっとわかるわー!よくぞ言ってくださいました。で、瞑想は1日五分程度でもいいから毎日続けることが大切(この辺りも運動みたいだね)。瞑想をしたからといって瞑想しない人を見下すようだったら、それはまだ瞑想の成果が出てない、というか悪い方に出ている。まだそのレベルの良し悪しというか価値観にとらわれている。

『作家の食卓』

 

作家の食卓 (コロナ・ブックス)

作家の食卓 (コロナ・ブックス)

 

 こういう食べ物、料理関連の本が大好き。立原正秋の旅館の朝食のようなメニューにビールというのもいいし、石川淳のビーフステーキと南青山の重厚な豪華さのあるマンションのお部屋もいいし、永井荷風のいかにも昔のお蕎麦屋さんにありそうなグリーンピースの乗ったカツ丼もいいし、色川武大のコロッケがメインの夕ご飯らしい食事もいいし(といっても色川武大は1日6食なんだけど)、森瑤子のヨロンどんぶりをみながら「そういえば英国人の旦那さんがひどい人だったんだっけ…」と感慨にふけったり、織田作之助が好んだ生卵の乗った自由軒のカレーは今はなき伊勢佐木町のカレーミュージアムにあったけど食べそこねたなあとか、森茉莉って持ち上げられてるけど近くにいたら嫌な奴だよなとか、開高健の美味しいものを無心に頬張る写真がかわいすぎるとか、そんなことを思いながら楽しく読みました。これ『作家のおやつ』という続編が出てるからきっと評判だったんだろうなあ。ここに安部公房も乗せて欲しかったけど、家族側から書くのか山口さんとの生活から書くのかでややこしくなりそうだから難しいよなあ。

『文化系女子という生き方~「ポスト恋愛時代宣言」! ~』 文化教養で人生はこんなにも豊かになれる

 

文化系女子という生き方~「ポスト恋愛時代宣言」! ~

文化系女子という生き方~「ポスト恋愛時代宣言」! ~

 

 「文化系女子」「ポスト恋愛時代」という軽薄なキーワードから「はいはい、これからは昔の恋愛一辺倒だった生き方からオタク的な楽しみに逃避して生きればいいってことが書いてあるんでしょ、それで文化系女子のペアとして草食系男子というキーワードが出てきて、あとは適当に文化系女子クラスタ毎に紹介してるんでしょ」「でも軽い気持ちで暇つぶしとして読むにはいいか」という先入観で手にとったのですが、もっと厚みのある本でした!読んで良かった。

もしかしたら「リア充」とか「文化系女子」のような流行りのキーワードを散りばめたのは、著者の湯山さんがというよりも、出版社の意向が大きいんじゃないのかな。

最初の方は「恋愛ではなくて文化を選んだ女子」ということから書かれていて、こんな感じでだらだらと続くのかと思いきや、これは本当に最初だけ。基本的には、現代の日本女性がどのように文化と付き合ってきたか。そして、アクセサリーのような身につかない文化教養とのつきあい方はもったいない、文化教養で人生は素晴らしく豊かなものになる、そのつきあい方は…という内容です。

文化教養とのつきあい方。作品世界に逃避するのではなく、絶えず自分の実人生にフィードバックさせる。自分を介在させてこそ、文化教養で受け取った造詣が血肉化し、文化教養の持つ爆発的に素晴らしい力を体感することができる。

素晴らしい作品は、「感動して泣く」「笑顔になる」というわかりやすいものばかりではない。違和感を覚えるようなものもたくさんあるが、それを切り捨ててはもったいない。そういう違和感を自分の中に住まわせる、また「なんでそう感じたんだろう」とそれをトリガーに考えを深めていく。自分を深く耕す。

作品はただ受け取るだけではない、自分と化学反応させることで初めて意味を持つ。作品が完成する。

思考停止せず、絶えず自問自答していくこと、知的な洞察力を働かせ続けるのが文化系としての生き方。これをずっとやっていくと人生は面白いし退屈することがない。

以上のことを受け取りました。大和書房らしく文化系を入り口にした自己啓発本という側面もあって、文化系として生きる時の大きな指針になると思いました。

そうそう、こちらの本でもう一つ大きなことは、やっぱり「文化系女子マッピング」ですよね!「アート大好き女子」「ドラッガー&サンデル女子」「日本酒女子」「インモラル嗜好女子」など、今時の文化系女子を類型化、マッピングしていて湯山さんなりの解説をしています。面白いけど辛辣。めっちゃ具体的で「きっと文化系の仕事をしていたりメディアの世界にいると、こういう人がたくさんいるんだろうな」と思いました。

スピリチュアル系で神社、八百万の神、「日本は神に守られた特別な国」から政治参加社会派女子(右翼系)への流れもありそうだなあと思ったし、あと知的な装いをした女性がエロや過激な性体験を語るのが文化系世界でやたらと持ち上げられることから、手っ取り早く自己顕示欲を満たしたい人が進んでインモラル体験を語りたがることとかも「あーなんかわかるー」と。

私がこの中で近いんじゃないかと思ったのは「バーキン女子」で、ちなみにエルメスのバッグの方ではなく、そのバッグが作られる元になったジェーン・バーキンの方です。作りこんだスタイルやコンサバティブな格好じゃなくて、洗いっぱなしの髪の毛で素肌にVネックのセーターとか素足にバレエシューズとか籠バッグみたいなスタイルが好きで、美人ではないんだけど飾り気のない自然体なキャラで都合よく一流の男性に好かれて女性としての幸せを享受し…みたいのを目指すというか志向するというのかな。なんか更級日記の主人公が「紫の上は無理でも、浮舟ぐらいなら私でもなんとかなるんじゃね?」と思うような感じでしょうかしら…。あとこれは読んでいた雑誌「オリーブ」の影響も大きい。

あとね、「文化系女子を待ち受ける罠」の「感性で持ち上げられる罠」に書いてあった、「若い女の子がちょっとおもしろい表現をすると、そこそこ権力のあるおじさんたちに『おもしろい子がいるんだよ』と持ち上げられて有頂天になり、いつのまにかハシゴを外される」って、私が若い頃にそんなことがあったらまず間違いなく有頂天になりまくるだろうなあw

だからね、これ若い子がというか、私が若い頃に読んだら「なんて意地悪な人なんだ!」なんて怒って、今の読後感と全く違ったものになったかもしれないw

 

※「文化系男集団の中に女性が入ることの難しさ、というかほぼ無理!問題」については、私自身はそもそもそういった体験がなかったからスルーしてしまったのですが、ここの分析は本書の白眉ではないかと思います。この辺りに心当たりのある人はすごくぐっとくるんじゃないかな。

 

 

 

『安部公房とわたし』山口果林

 

安部公房とわたし

安部公房とわたし

 

 なんか私、女の人の体験談的なものばっかり読んでますね。

山口さんはNHKの朝ドラヒロインを務めたこともある、そして今も活躍する女優さんで、安部公房は言わずと知れた大作家です。

二人は安部公房がなくなるまで恋人関係、実質的な伴侶だったんだけど安部公房には家庭があったので、その関係はひた隠しにしなければいけなかったんですね。

偉大な作家に見初められ、その生活を身近に見ることができた幸せや、さらに文章修行などの薫陶を受けたという財産はあるけど、やっぱり常に孤独や不安がつきまとう関係で辛かったろうなあ。まあ、奥さんや娘さんからみたらまた違った感じになるんだろうけど、本を読んでいるときは山口さん目線で考えてしまうので。

安部公房と山口さんが「ソニーファミリークラブ」という、輸入雑貨の通販を愛用していたと言うんだけど、もしかしてこれが後の「ソニプラ」なのか…!と、変なところに反応してしまったw

『ほどのよい快適生活術---食べる、着る、住む』 岸本葉子

 

 横森理香さんが「たまに会って近況報告を聞く元気な女友達」だとすれば、岸本葉子さんは「たまに会って近況報告をお聞きするお姉さま」という感じです。

カーテンの選び方とか、散歩の仕方とか生活の細かいところで延々と逡巡する様子が描かれているのが岸本さんのエッセイなんだけど、私自身もそういうところがあるし、その際の選択ポイントで共感するところもよくあるので、読んでいて「そうそう」となります。または、横森さんのエッセイみたいに「そうだったのか!じゃあ私もそれやろう」と実際に生活に活かせることも。